<ピンチはチャンスで、チャンスはピンチ?>No.89

「ピンチはチャンスである」と私はよく話します。
世間でもよく聞くようになりました。
 

窮地に陥り今まで蓋をしてきたことが一気に噴き出て、
向き合わなければならない状況がピンチなのですが、
一掃できれば実はチャンスになるわけです。
そんなことを結構、繰り返しながら、
人生はバージョンアップしていくのです。
 

ピンチを切り抜けるときには、
第一に謙虚であることが大切で、そして最後は腹をくくることです。
腹をくくる、とは無欲になることです。
ここが難しいのですが、願わずして願う境地になるのです。
 

ピンチに対し、やれることはすべてやりつくし、
お金や名誉(プライド)を失っても、しぶとく生きる覚悟をすることです。
さらに、しぶとく生きる自分に自信を持つことです。
失敗があったとしても反省したなら、自分を嫌いになってはいけません。
そうすると、ピンチだった運が段々、チャンスに変化していきます。
内容によるのですがピンチの期間が長い場合があります。
どんなに長くても腐ってはいけません。
必ず、どん底からは上向きになっているのです。
 

でも逆にチャンスがピンチになることもあります。
 

人の願望は、その人が真面目に生きていて、
真っ当な望みなら、数ヵ月後、数年後、十数年後に、時を経て叶います。
 

しかし欲が増していて、与えられたチャンスに気付かない場合、
謙虚な気持ちはないですから、チャンスは一気にピンチになります。
そしてさらにそれを他者や運命のせいにします。
 

運命とは、自分の鏡でもあるのですが、
真面目に生きているのに過酷な運命を持つ人を視ると、
前世もあるので「運命とは無常だ」と思います。
ですが欲が増した人は自分で不運を作っているので、
人生バージョンアップのチャンスを台無しにするのです。
 

想いで引き寄せるので、人間関係も変わります。
欲が増した状態では、同じ欲が増している人を引き寄せます。
一見して大きなチャンスが廻ってきているように感じますが、
実は大きな落とし穴に向っているのです。
チャンスと感じている期間が長い場合は、
穴に落ちるのが数年後、十数年後になります。

野心を持つこと自体は欲ではありません。
欲とは、信用や義理を欠く行いです。
例え、法的に擁護されていても、
他者を騙して利用したりする裏切り行為は欲からくるものです。
 
 
もっと平凡なことを話します。
自分が願ったことが叶っているのに、
それにちゃんと感謝していないのもピンチを招くことになります。
 

例えば、
契約社員から正社員になりたいという願望…
好きな人と結婚したいと思う願望…
年収を上げたいという願望…
それらが叶っているのに、不満だらけで次なる欲しかない。
そうすると、せっかく得たチャンスを持続できずに
ピンチに変わっていきます。
 
 
苦しいときに、
無常である持って生まれた過酷な運命なのか、
それとも自分で作ってしまった不運なのか、
本人が謙虚な気持ちでいるかどうかで、違ってきます。
 

無常な過酷な運命を持っている人は、
長い間、苦労しますが晩運は幸せになります。
不運を運命のせいにしていないからです。
幸せとは個人個人感じ方が違いますから、一概に定義できないです。
 

不運なときには、まず自分で内省してからでないと、
運のバイオリズムを知ったところで同じことを繰り返すだけです。
その上で、自分の運を客観的に知って役立てて欲しいと思います。